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こんばんは、京くんです。
今日は雑記ということでチラシの裏にでも書いとけと言われそうな長文をダラダラと書いていきます。






作品にはしかるべき評価がなされるべきだと思う。
良い作品には素晴らしいという評価を、悪い作品にはまだまだという評価をつけるべきだと思う。
その作品に合った評価をつけられることで、作者は一喜一憂し、また新しい作品を作り出す意欲となる。
素晴らしい評価をつけられた作品は世に広まり、その素晴らしさを皆が共有できるようになる。

ここで言う作品というのは、何も論文やら芸術作品といった高尚なものに限った話ではない。
もっと身近で、生活の一部になっている、例えば誰かの面白いツイートであったりフェイスブックの投稿であったり…
もちろんブログだってそうだ。1つ1つの記事が作品だ。書き手が趣向を凝らして様々な記事を書いている。

昔は作品が世間から評価を得るためには「作品を作り出す能力」のほかに「作品が世間に知れ渡る運」が必要であった。
世間に知れ渡ることなくその特出した才能を埋没させていった才人は数多くいるだろう。
例えば、今でこそ世界的に有名な芸術家であるゴッホは生前にはほとんどその才能を認められることはなかったのだという。
ゴッホはそれでも絵を描き続け、死後とはいえ世界に才能を認めさせたが、評価を得られずに挫折した才人は数えきれない。
しかし、今の時代にはインターネットがある。
各人はインターネットを通し、作品に対する評価を行うことができる。コメントを残すことができる。
ツイッターであればリツイート、フェイスブックであれば記事のシェアをして作品への感動を共有することができる。
どこかのお偉いさんたちが独断と偏見で作品の価値を決める時代は終わったのだ。
これからは作品を見た人々一人一人が審査員となる時代なのだ。

なんと素晴らしい時代なのだろうか。
自分の生み出した作品が正当に評価されていく。これほどまでに創作意欲を喚起してくれる環境があるのだろうか。

しかし、こうした環境がありながらも『自分が審査員だ』という自覚を持たない鑑賞者も多い。
それはそうだ。我々は鑑賞者であり、そこまで深く考えて作品を見ているわけではない。
そこに審査員という役割を求めるのは酷な話だ。正直言って、重い。

でも、それではインターネットのメリットを活かしきれていないのではないだろうか。
我々は鑑賞者であると同時に審査員、さらには発信者となることができるのだ。
だからどうか皆さん、インターネットのポテンシャルを無駄にしないでほしい。
いいツイートがあればリツイートしてほしい。いい記事はシェアしてほしい。
面白いと思ったブログの記事にはポチをしてほしい。



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あ、別に何もこの記事にポチしてねっていうわけではないです笑
ブログ村にはめちゃくちゃたくさん面白いブログがあるんでそういった方々のブログにでもポチしてってください。

ただ、面白いものが評価されずに埋もれちゃうっていうのはなんだか悲しいし、もったいないことだと思うのです。
普段、なんとなく読んで終わりにしていたその行動の最後に、作品を評価するっていう一手間を加えるだけでもよりよい作品が生まれてくると思うのです。
せっかくインターネットにそういう機能があるんだから、もっとそれを使うことを自然にしていきたいのと思うのです。
友人の書いたフェイスブックの投稿がメチャメチャ面白かったのに、みんなにスルーされているのを見て悲しくなってこんな訳のわからん記事を書いてしまった笑
でも何が一番悲しかったって、その記事を自分も一回スルーしてしまったということ。
後からモヤモヤしてきて、結局戻っていいねボタン押してきたけど、こういうこと前からあったんだろうなーと思うとなんだか悲しい気分。

これからは面白いと思ったものに対してはしっかりと目に見える形で評価を残そうと思います。

みなさんも是非、評価をしてあげてください。

それでは....手始めにこの記事にポチでもしてみてはいかがでしょうか??


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